春




 土方さんをじっと見ていたら、ものすごく嫌そうな顔を返された。
「なにじろじろ見てんだよ」
 声には隠しようもなく(そして隠す気もないんだろう)嫌悪がにらにらと滲みでているのに、ひそめられた眉のその間によった深い縦じわがきれいだ。眉間に盛り上がった白い隆起に人さし指で触れ、鼻筋をとおって唇を撫ぜてみたいと思う。
 土方さんの唇は薄いけれど、けどやっぱりすこしは柔らかいだろう。噛みついたらどんなかな、噛み千切ってしまいたいな。思いながら、俺は生まれてこのかた何百回目になるか分からない欲情を土方さんにしているのだということに気づく。
「別に」
 そのままの目でじっと土方さんと視線をあわせてやると、土方さんはすっと瞼をおとして俺の凝視を避けた。とたんに俺は泣きたくなる。もう何百回目になるか分からない悲しみの波をじっとやりすごす。
「なんでぇ、自意識過剰でさぁ」
 なんでもないように、そう言ってやると、土方さんは、アホが仕事しろよ。と言う。ふっと気を緩めて、そう言って、俺の頭を軽くはたく。はたいて、やっぱりあらぬほうを向いたままで、しゃべりはじめる。春だなぁ、軒にいた猫がガキを産んでたってな。猫のガキっておもちゃみてぇだよなぁ。そういや武州にいたころに斑が三毛産んだことがあってな。
 こういうとき土方さんはきっといつもより口数が多くなる。いつもは余計な事を話したがらない、無口な人のおしゃべりはとてもただとどしい。その拙さがあまりに明白で、俺はさらに泣きたくなる。せめてなめらかならばいいのに。土方さん本人も俺も、両方だませてしまうぐらいに、なめらかだったらいいのに。
「山崎がよ、もらい手さがすっつてたけどな。どうなることだかな。屯所に子猫ってのもにあわねぇよな。そうだ。万事屋のチャイナあたりがいいんじゃねぇかな。あした、晴れるかな。晴れたらいいよな。晴れるほうがいいよな」
 際限なくつづくおしゃべりは次第に脈絡がなくなり、どんどん支離滅裂になる。その横で、俺はただ黙っておく。俺が不穏に黙っているかぎり、土方さんのおしゃべりはどこまでもつづく。
 昔、ガキのころよく釣りしたな。あの沼にいたのはでけぇ鯉だった。主がいるってんで探したけど、会えなかったな。もしかしたらもう食っちまってたのかもしれない。おれは鯉あんまりすきじゃなかったけどな。
 分裂し混迷の度合いを深めていくおしゃべりを聞きながら、俺は、ふと、土方さんも泣きたいんじゃないだろうかと思った。
 泣きたい俺と土方さんの上で春の空がゆっくり暮れていく。

 俺がいつまでも喋らなかったら、土方さんの話は結局となり村のじいさんが山で天狗に会ったところで、山崎が飯に呼び来て終わりになった。


20090907